怒られる男の日記

もう少しうまくなってから練習するブログ

【読書感想】夜の床屋/沢村浩輔

沢村浩輔さんの「夜の床屋」を読んだ。表題作を含む6つの短編とエピローグが収録された連作短編集だ。

 

夜の床屋 (創元推理文庫)

夜の床屋 (創元推理文庫)

 

私は連作短編集というやつが大好きだ。独立した短編のように見えた作品群が、すべて通して読んだときにまた隠された意味が明らかになる、みたいなやつだ。長編と短編のいいとこどりというか、一粒で二度おいしいというか、お得な気分になれる。個々の短編はいまいちだったとしても、最後に「そうだったのか!」があるだけで評価はググっとあがる。

 

しかし、この「夜の床屋」に関しては、最後に全体にかかる種明かしがあったところで納得度がダウンするという稀有な体験をした。え、そこつなぐの?この短編集にその要素いらなくね?という感じだったのだ。

 

まず表題作の「夜の床屋」は、大学生の僕(佐倉)と高瀬が、山道で迷うシーンから始まる。やっとたどり着いた無人駅で夜を明かすことになるが、真夜中に明りのともる理髪店を見つけていってみると、そこで奇妙な体験をすることになる…という話だ。なんで床屋が夜中にやっているのか?という答えに対して店主が説明をしてくれて、一応納得するのだが、後日思わぬ事実が明らかになる。結末自体は突飛な印象を受けたが、伏線がしっかり張られていて、謎解きの満足度は高かった。

 

「空飛ぶ絨毯」は、イタリアに立つという女子学生・八木さんのもとに、佐倉を含む友人が集まってお別れ会をするのだが、それから程なくして八木さんは死んでしまう。彼女の死に不信を抱いた佐倉は、生前彼女が語っていた不思議な出来事を思い出す…という話。寝ている間に、ベッドの下に引いている絨毯が盗まれるという謎すぎる出来事に、悲劇的な真相が隠されていた。

 

どの短編をとっても、不思議な出来事に少々強引な結末が付けられているものの、伏線の描写や説明が確かなので納得させられる。ミステリとしてすごく巧みな印象を受けた。

 

がらりと印象が変わるのが「人魚姫を売る男」という短編で、これはいわゆる作中作のような扱いになっている。外国を舞台にした、完全にファンタジー要素が入った短編だ。これ単体では、非現実的な内容ではあるものの、作品内では完結しているし話としても面白い。

 

ただ、他の短編を含む作品全体を結びつける要素として、このファンタジー要素を使っているので、「え?そこでつなぐの?」となった。もちろんそれが悪いというわけではないし、それで作品全体の印象がひっくり返るほどのインパクトがあればすごい傑作だと思うが、そこまでではなく、ふわっとした「ちょい足し」なので、わざわざそれ入れる必要あったかなあ?と思ってしまった。

 

とはいえ、それぞれの短編はよくできているし、全体を貫く糸についても斬新な試みではあるので、すごく面白い作品だったことは間違いない。同じ作者の作品をまた読んでみたい。

 

【読書感想】FAKE OF THE DEAD/土橋真二郎

 

このところ、「カメラを止めるな!」という映画が人気だそうだ。低予算にも関わらず面白いということで話題になっている。実際に見たわけではないのだが、どんな内容なのかはなんとなく漏れ伝わってくる。つまり、ゾンビものの映画が劇中劇になり、その外枠の話との二段構えのストーリーらしいということだ。このFAKE OF THE DEAD も、それに近い構造を持っている。  

 

 

土橋真二郎さんは、高校生くらいの若者たちが閉鎖環境に放り込まれ、謎のルールに従って殺し合いをさせられるという、いわゆる「デスゲームもの」の小説を大量に書いている作家さんだ。デビュー作以降何作か読んだのだが、デスゲームのルールがあまりにも作り物感が強かったのと、心理描写がくどくてあまり好みにあわず、読まなくなってしまった。しかし、この作品は、登場人物の年齢層が高く心理描写が落ち着いていたせいか、デスゲームものじゃないせいなのか、それとも単純に土橋さんがキャリアを積む中で作風が変わってきたのか、前に感じた読みにくさが全くなく、素直に楽しむことができた。

 

物語は、何人かの若者が廃墟と化したホームセンターに閉じこもっているところから始まる。3か月前に、死体がよみがえる現象が発生。その現象は瞬く間に世界中に広がり、社会生活は破綻。世界にはゾンビがあふれ、もう逃げ場はない。この死者の世界で、ゾンビから隠れて生きていくしかない…。

 

というのは、実は作中人物たちが作った設定であり、ゾンビがいる世界は虚構である。立てこもりメンバーの一人、深雪という女性は、「死体が動き出す」という妄想にとらわれ精神を病んでしまっている。仲間たちは、深雪の心を癒すために、あえて彼女の妄想に合わせた世界を作り出した。仲間たちの言葉を十分に受け入れられるだけの落ち着きが戻ったタイミングでネタばらしをし、ソフトランディングさせることで深雪を妄想から解放しようとしているのだ。

 

…と、この設定にのれなかったらもうこの作品は楽しめないので、回れ右して戻ったほうが良い。個人的には、無理やり感は否めないものの、物語上の設定としては十分に許容範囲だった。このあと、仲間たちの中に外部の女性が乱入して芝居が破綻しそうになったり、ホームセンターを脱走し、途中でならず者に絡まれたりとトラブルに見舞われながら、とある場所に向かうことになる。

 

途中の展開は、目的地がわからず迷走気味に見えたが、最終章で一気に流れが変わって面白くなった。まるで設定であったはずのゾンビ世界が具現化したかのように、人と人、仲間同士すらも疑い、憎み、ついには殺しあう極限状況が生まれ、守られる存在だった深雪が場を支配し、怒涛のクライマックスに突入していく。深雪の妄想のきっかけになったのはなんだったのか。そして、最後に生き残るのは誰か?

 

終わりよければすべてよし、導入の強引さも途中のグダグダも、ラストの予想できない展開、きれいな伏線回収と意外にも後味の良いエンディングで上書きされて最終的には満足だった。なかなか面白かったので、また土屋作品を新しめのものから読んでみよう。

 

 

【読書感想】メグル/乾ルカ

今まで乾ルカさんの作品を読んだことはないと思うので、本作が初乾作品ということになる。大学の奨学部に勤めるミステリアスな職員、悠木さんが斡旋するアルバイトを受けたものは、必ず不思議な経験をすることになる…というパターンで構成される連作短編集だ。なんとなく、タイトルや表紙の雰囲気から、穏やかな時がゆったりと流れるような、温かいヒューマンな感じの小説を予想していたが、色々な意味で期待を裏切られた。 

メグル

メグル

 

 1作目は「ヒカレル」。アルバイトを探していた学生、高橋は、死者と一晩手をつないで過ごすという奇妙なアルバイトを紹介される。亡くなった老婆の村では、手の柔らかい遺体は「引く手」となって正者をあの世へと引っ張ってしまう。これを防ぐには、無関係なものが一晩手を握っていくしかない…という言い伝えがあり、その役を果たすためである。と、導入はかなり面白く、期待が高まる。

しかし、いざ手をつないでしばらくすると、死んだはずの老婆が普通に起き上がり、「あたしも引く手になっちまったか…」と言い出すので驚いた。かなりリアリティレベルは低い作品のようだ。さらにラスト近辺ではおばあちゃんがほとんど寄生獣のようになってしまい、触手バトル展開に突入したころには目が点になっていた。

 

と思うと、次の「モドル」は異常なところのない、純度100%のいい話であった。「こういうのがいいんだよ!」と思ったものの、1話目のインパクトが強すぎて、あっさりすぎて物足りないと思ってしまった。

 

3作目「アタエル」はまたおかしくなってくる。金持ちの奥さんに、海外旅行で留守にする間、毎日犬にエサをやってくれと頼まれる話なのだが、まあ、オチは大体予想できるとおりである。だったのだが、結果としては、範馬勇次郎のようなムキムキマッチョな老婆が壁にショルダータックルかましているビジュアルが脳内にこびりついて離れないということになった。

 

4作目「タベル」は、とある男性が作る料理をただ食べるだけ、といううらやましいアルバイトの話。これも、すごく良い話だった。しかし、1話目と3話目の味付けが濃すぎて、普通にいい話程度だと薄味に感じてしまう。これは、バカミスといい話のミルフィーユや!

 

5作目「メグル」も超常的な要素が入ってくる。なぜか毎年、全く同じ内容の依頼をして、話す会話も同じ、という謎の女性の依頼の話である。この話は1話目3話目と違って優しい気持ちになれる魔法のような不思議な話だった。

 

バカ→いい話→バカ→いい話→バカだけどいい話という構成で、作者の幅の広さは多いに感じ取れる1冊だった。自分としては、1冊の間ではコンセプト等統一してほしいと思っているので、この作品総合では残念ながらいまいちだった。次は、短編ごとの温度差に惑わされないために、長編作品を読んでみたいと思います。

【読書感想】ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズリグレット(3)/渡瀬草一郎

 

 ソードアート・オンラインのスピンオフ小説と言えば、アニメ化もされた時雨沢恵一さんのガンゲイル・オンラインだが、もう一つ他の作家によって書かれたスピンオフ小説が存在する。それがこのクローバーズ・リグレットである。GGOと同じくSAOの世界観を生かし、また違ったアプローチで書かれた傑作シリーズだ。

 

舞台となるのは、あのスリーピングナイツもプレイしたという和風ホラーVRMMORPG・アスカエンパイア。【戦巫女】のナユタ(リアルは高校生)、【忍】のコヨミ(リアルはOL)、そしてVR関連の様々な業務を請け負う「クローバーズ・ネットワークセキュリティ・コーポレーション」の社長であるクレーヴェル(リアルは20台後半男性)の3人がメインキャラクターで、アスカエンパイアの世界で起こる様々な事件に立ち向かっていく。

 

このシリーズの最大の特徴は、SAOやGGOがバトル中心の作品であるのに対して、謎解きメインのミステリ風味になっていることだ。VR世界での人探しであったり、イベント中に発生した怪奇な事件の調査だったり、バトルは味付け程度で、最終的には事件の背景にある謎を解いて解決するという話になっている。もちろんゴリゴリの本格ミステリというわけにはいかないのだが、VR世界の設定を生かした事件や謎解きはなかなか新鮮だ。

 

そして、これは本家ですらあまり触れていない領域と思うのだが、VR技術が発展した時、ゲーム世界にとどまらず、社会にどういった影響を与えるのか、どんなビジネスが生まれるのか、といった考察があるのもこのシリーズの特徴と言える。クレーヴェル自身、「高年齢層やゲームになじみがない人向けのVR世界ガイド」という仕事がきっかけでナユタやコヨミと知り合っている。アスカエンパイア運営サイドの人間も頻繁に登場するし、上にあげたガイドであったり「VRゲームを利用した広告宣伝」「VR世界での観光旅行」などの新しいビジネスの可能性に触れている。この点、SAO作者の川原さんが(科学的な考察があるわけではないという意味で)SAOはSFではないと言っているのに対して、クローバーズ・リグレットはSFしているとも言える。

 

本家SAOとの関わりの深さも忘れてはいけない特徴だ。本家キャラが直接的に登場するわけではないのだが、メインキャラの一人はSAOサバイバーであるし、そのほかにもサバイバーやSAO事件の被害者遺族などが登場し、SAO事件の後、社会にはどんな影響があったのか、を垣間見ることができる。時系列としては、1巻がマザーズロザリオ、2巻がオーディナルスケール、3巻がアリシゼーションくらいの時期になるらしい。

 

最後に、ナユタとクレーヴェルの恋愛要素があることにも触れておきたい。この二人、初めはとある過去の関わりから親しくなっていくのだが、次第にお互いを意識するようになっていく。しかし、クレーヴェルは20代の社会人、ナユタは高校生であり、なおかつ両者ともにとびきりの常識人である。特にクレーヴェルは大人としての自制心をいかんなく発揮し、ナユタを過剰なまでに守ろうとする。そんな二人が、「勉強を教える」とか「病気の看病をする」とか、「一緒にいても仕方がない」合理的な理由をひねり出しては徐々に接近していく様子が微笑ましく、「社会人と学生が節度を保ったうえでいかに親しくなるか」というある意味新機軸の恋愛ものになっている。

 

ここまで紹介してきたクローバーズ・リグレットシリーズだが、実はこの3巻で完結している。クレーヴェルとナユタの関係性をはじめ、色々な要素に一通り決着がついているので、SAOシリーズのファンでまだ本作を読んでいない方は、是非読んでみてほしい。

 

 

【読書感想】純喫茶「一服堂」の四季/東川篤哉

この表紙をみたら、「ああ、ビブリア古書店のヒット以降急増した、美女探偵+お店ものの量産型ミステリね」って思ったのだが、作者名を見てびっくり、東川篤哉さんであった。 

純喫茶「一服堂」の四季 (講談社文庫)

純喫茶「一服堂」の四季 (講談社文庫)

 

鎌倉にある、隠れ家すぎてもはや誰もやってこない純喫茶「一服堂」。その店主、安楽椅子(あんらく・よりこ)は、文字通りの安楽椅子探偵だ。普段はまともに接客ができないほどの人見知りだが、人たび難事件の話を聞けば、快刀乱麻を断つがごとく事件を解決する名探偵に変貌する。今日も、不思議な事件に巻き込まれた客が一服堂を訪れる…。といった感じの話である。

 

大抵は日常の謎系ミステリになっているこの手の作品には珍しく、バラバラ殺人やら十字架にかけられた死体やら、わりとガッツリ猟奇的な事件を扱っているのが珍しい。タイトルに四季と含まれているだけあって、春夏秋冬にまつわる4編のミステリが収録されている。

 

一見すると量産型ミステリなのだが、そこは東川さん。まず探偵役の店主の名前が安楽椅子という時点でふざけているが、さらに「極度の人見知りで『客』という言葉に異常な反応を示し、羞恥のあまりに追い返そうとする」「事件の話を聞くと人格が豹変してガラが悪くなり、唐突にうまいコーヒーを入れ始める」などキャラ設定がてんこもりすぎて渋滞している状態だ。当然ながら集まってくる客も相当にアクが強く、毎回店内はカオスすぎる空間となる。そこらのほんわか癒し系お店ミステリとは違うぜ!という東川さんの強い矜持を感じるのである。

 

内容だが、春と夏はそれぞれ十字架殺人(そんな言葉はない)を扱っている。春の事件は密室もの、夏の事件はアリバイものだ。それぞれに工夫を凝らした謎解きがあって楽しめたが、どちらかというと夏の事件が好みだ。とある田舎の農村を舞台に起きた殺人事件。地主が殺され、十字架にかけられたかのように両手両足を固定された状態で発見される。近くで農作業をしていた男女は、その間に被害者の自宅に3人の来客があったのを目撃していた。果たして犯人は…という話。犯人の意外性もさることながら、トリックがかなり独創的で、バカミスになるギリギリのどころを攻めていて面白い。人によってはふざけんな!となるかもしれないが、私的にはアリの範囲だ。

 

秋の事件は、とある作家の公私ともにパートナーと目されている秘書的存在の女性が自宅で殺されていた。他の女性の影がちらつく作家が、男女関係のトラブルから犯行に及んだ可能性が浮上するが、作家には確固たるアリバイがあった…という話。謎の女性の正体がキモになるが、まあ予想できる内容だったかもしれない。面白かったけど。

 

冬はバラバラ殺人なのだが、これはミステリ史上でも有数の不快なトリックかもしれない…。正直、潔癖症の人は読まないほうが良いとすら思う。なんていうか、この作品が映像化されることは未来永劫絶対にないと断言できるレベルで汚いので、トリックが…とかそういう感想は吹っ飛んでしまった。実はこの冬のエピソードを読むと、この短編集全体に隠されたとある謎が明らかになるという仕掛けになっている。勘のいいひとは秋の段階で気が付くかもしれないが。

 

全体を通しての感想は、この大仕掛けを含めて、東川さんがお店系ミステリのテンプレを使って、散々遊び倒したという印象の作品だった。東川ファンなら押さえておきたいが、そうではなく、純喫茶を舞台にした、穏やかな時間が流れるような日常系ミステリを期待して手に取ってしまうとあまりのギャップに困惑する可能性が高い。ある意味表紙&タイトル詐欺になってしまっていると思う。もし読まれる場合は、色々な意味で期待を裏切られることを覚悟していただきたい。

【読書感想】微笑む人/貫井徳郎

これは、貫井さん、やっちまったなあ~! 読後に残るなんともいえない不完全燃焼感というか残尿感と言うか。一言で言えば、もちもちふわふわしっとりかつ香ばしい極上のたいやきの皮(ただしアンコなし)のような小説だ。

 

微笑む人 (実業之日本社文庫)

微笑む人 (実業之日本社文庫)

 

  

仁藤という男が、妻子を殺害した罪で逮捕される。誰もが、穏やかで理知的で優しく、殺人どころか暴力を振るうことすらイメージできない人格者と評判の容疑者が語った殺人動機は、「家に本を収納するスペースが足りなくなったから」というものだった。

この異常すぎる動機から容疑者に関心を持った小説家が、彼の人格形成について調べるために周囲の人物にインタビューを重ねていく。社会人、大学…と時間をさかのぼるうちに、仁藤の周囲では不審死が相次いでいたことが判明する。果たして、仁藤は狂った連続殺人者なのか。それとも、隠された動機があったのか、はたまた冤罪か。微笑みの奥に隠された真実とは。

 

貫井作品には、「○○(有名作家)の××(有名作品)」を連想させられることが多いのだが、本作で想起したのは東野圭吾さんの「悪意」である。殺人という事実を前に、動機を第三者の視点や手記を通じて探っていくという構成に共通点がある。

 

誰に聞いても善人としての顔ばかりが出てくる仁藤という男に対して、老若男女様々な視点から立体的に、しかもインタビューに対するコメントという話し言葉で描いていく。小説など書いたことがない身ででも、これがすごく難しいことであることはわかるし、しかもそれが全くよどみなく、自然に腑に落ちるような文章で表現されていることは純粋にすごい。さらにいうと、そのところどころに、「やっぱりこいつ、闇がありそうだな…」と思わせるような小さなトゲを仕込んであるので、先が気になってどんどん読み進めてしまった。

 

そう、読みすすめた先が虚無であるとは知らずに…。

 

もちろん、やりたかったことはわかる。解説にも書いてあるけど、わかりやすいストーリーを求める世間への警鐘とか、ミステリという形式への挑戦とかそういうやつでしょ。でも、そういうの求めてないんだよなあ。「人の心に納得できるようなストーリーを求めてはいけない」そんなセリフは、何か事件が起きるたびに「ネット社会のひずみが~」「若者の心の闇が~」ってやってるワイドショーにでも言ってくれよ。

 

こちとら、世の中の事件にそんなものないのはわかった上で、エンタメとしてのミステリーで納得感あるロジックやら驚愕のどんでん返しやらで驚いたり感心したりしたいから読んでいるわけなんで。例えて言うなら、毎日味もそっけもない食パンかじって、たまにはおいしいパンが食べたいと思って評判のパン屋さんでお勧めの焼きたてクリームパン買って、さあ食べようとしたら中にクリーム入ってなかったわけですよ。困惑してたら店主がメガネクイってしながら、「クリームパンにクリームが入っていると誰が決めた…?」みたいなこと言ってドヤっていたっていう状況。まあ、パン部分はとても美味しかったんですけどね。食べたかったのはクリームパンだから!

 

これくらいのことするなら、渾身のトリックをダミーの結末に使うぐらいのことはして欲しかった。それくらいの覚悟を見せてもらわないと、この作品をミステリでございって目の前に出されても納得できない。正直、貫井さんの実績や実力を考えたら、トリック無しでミステリ1冊かけちゃってラッキーでしたねって印象だけが残った。

【読書感想】迫りくる自分/似鳥鶏

似鳥鶏さんの「迫りくる自分」を読んだ。似鳥さんの作品は結構読んでいるのだが、巻き込まれ型の男の子が推理する学園ものとか、動物が出てくる話とか、ドラマ化された戦力外捜査官とか、わりとコメディよりの「ゆるい」作品が多い印象だった。しかし本作はその印象を180度変える、路上生活サバイバルあり、ヤクザとの大立ち回りありのハードボイルドな内容だった。そしてめちゃくちゃ面白かった。 

迫りくる自分 (光文社文庫)

迫りくる自分 (光文社文庫)

 

 コンビニチェーンの会社に勤める主人公は、ある日すれ違う電車の車内に自分にそっくりな男を見る。そのしばらく後、偶然にもバーでそっくり男と再会。顔が似ている者同士、相席して酒を飲みながら語り合うことになった。その日から、主人公の平穏な日々は終わりをつげ、やがては身に覚えのない罪で警察に追われる身となるのだった…。

 

携帯に謎の着歴が残るところから始まり、会社や自宅を警察に張られ、必死に逃げ出す。自分ならこんなシチュエーションで1時間どころか10分とても逃げられない自信があるが、本作の主人公・本田は、実務面でも頭脳面でも有能かつ逆境にも折れない鬼メンタルの持ち主であり、結果的には運にも恵まれて警察からの逃亡生活を続けることになる。次々と場所を変え、髪型や服装も変えながらの逃亡劇はスピード感があって飽きさせない。

 

その合間合間には、本田の兄と同僚の女性のシーンが挟まる。この二人は連絡が取れない本田の身を案じており、独自の動きで事件を調べることになる。何しろ本田とは電話一つできないので二人のシーンには大きな動きはないのだが、息をもつかせない逃亡シーンの間に二人の会話が挟まることで、読んでいるほうも適度にクールダウンされる気がした。

 

冒頭にも書いたけれど、本田の逃亡シーンがこの作品の肝だ。警官とのチェイス、公園でのサバイバル、ヤクザとの立ち回り。それ以外にも大けがやら食糧難など、トラブルは次々に押し寄せてくる。しかし、見どころはそれだけじゃない。さすが、コンスタントにレベルの高いミステリ作品を発表している作家さんだけあって、巧みに張り巡らせた伏線を生かした決着の付け方は見事。ラスト50ページでの展開には驚かされた。

 

本田がどうやってここから逆転するのか、はたまた逃亡生活の果てに名を捨てて生きていくことになるのか。気になった方は、本書を手に取って、その結末をぜひ見届けてほしい。