怒られる男の日記

もう少しうまくなってから練習するブログ

家事育児参加と寄り添う気持ちのトレードオフ

このブログはもともと、日常の理不尽怒られネタを淡々と書くメモ帳のようなつもりで始めたのですが、はじめてみるとやはり他の方の記事が気になって、コメントなど残してしまったり、そこから派生して、補足記事を書いていただいたりもしました。ブログ的なものを久しぶりにはじめてテンションがおかしくなっており、勢いがアレな感じのコメントにも関らず、その節はありがとうございました。

 

で、その中で、自分はどこにひっかかりを感じてコメントを書いたりしたんだろう?というのが少し見えた気がしました。

 

私がコメントをつけさせていただいた二つのブログから記事を引用させていただきます。

 

「自分と同じように頑張って欲しい」とは言わない。

「自分と同じだけ危機感を持って欲しい」という気持ち。 

違う人間だからこそ、それが無理だと分かっていても、「寄り添おうとする姿勢」が見たくなる。

「ママがパパを指導してあげて」がミスマッチな理由 - 望月志乃の ひびわれたまご 

 

これは私に限っての結論になってしまいますが、私が夫に望むのは、

実際に家事・育児ができるかどうか】ではなくて

できなかったとしても、家事・育児をしようとしてくれているかどうか】なのです。

 この結論は私のものであって、あなたの家庭のものではありません。

ブログを書くということの影響力 - コメントをいただいて… - おハナマルのつぶやき日記

 

いずれも、「実際に家事育児ができるのか」よりも、「危機感の共有、寄り添う気持ち」を求めていると書かれています。お二人は個人の意見として書かれていますが、この考え方は、妻・ママの立場でかかれた記事で良く見かけるように思います。

 

思い出したのが、冬にやっていた「隣の家族は青く見える」というドラマで、松山ケンイチさんが演じていた主人公夫婦の夫、とても優しくて妻思いの夫として描かれていたし、実際多くの視聴者がそのように見ていたはずです。ただ、彼の実際の家庭での振る舞いだけを見ると、ネットで言われるような良い夫の条件にあてはまらない面も多かったのです。

 

・共働きにも関らず、家事負担はほぼゼロ(たまにお好み焼きを作るくらい)

不妊治療中、妻は職場で嫌味を言われながらシフト変更を繰り返しているが夫は常に仕事優先

・妻への連絡無しで後輩と飲みに行ったり、休日には一人で草野球に出かける

 

妻役の深田恭子さんが食器を洗っているときの、「皿洗い、手伝うよ~」という松ケン夫の台詞を聞いた瞬間、私の脳内には、「『手伝う』?『手伝う』っていったか?お前の仕事でもあるんだよ!わかってんのか、オォン?」と怒髪天をつく深キョンの姿が浮かびましたが、そんなことは起きませんでした。

 

まあともかく、あくまで作中で描かれていた部分だけでいえば、巷で言われるNGな夫の行動として当てはまる要素がかなりあったのです。しかし、なにしろ彼は優しくて、いつも妻のことを思い、その苦しみや願いを理解しようと努め、自分が妻を愛しているという気持ちを言葉でも行動でも表現することを欠かさず、間違いなく、妻の気持ちに寄り添う夫でした。ああ、これこそが多くの妻に求められている夫像なのだな、と思ったわけです。

 

これって、簡単に言ってしまえば、

家事育児参加:低

気持ちの寄り添い:高

という状態であれば、妻の満足度はそれなりに高くなるということですよね。

(高低というのは、誰かと比較してではなく、あくまで自分の中での話です)

 

では、これが反対だったら。つまり、

家事育児参加:高

気持ちの寄り添い:低

の状態は許さるのでしょうか?そう聞いたら、おそらく「ダメ」なんだと思います。妻の気持ちに寄り添うことは、良い夫の必須条件なんだろうな、と。

 

でも、 

家事育児参加:高

気持ちの寄り添い:高

にするのは難しいです。私の狭いキャパでは正直ムリです。

 

たくさんの事をやればやるほど、うまくいかないことが多かったり、余裕がなかったりして、妻のことを考えるのが難しくなっていくのです。もともとは相手のことを思っての行動であっても、毎日の作業に押し流されているうちに、ただただしんどい気持ちだけでいっぱいになってしまうのです。本当はもっと優しい夫として、妻に寄り添う姿を見せたいのですが。

 

親と子供の関係性の中では、育児に疲れてイライラして子供にあたってしまったけど、その分優しく抱きしめてあげた、なんてことがあるじゃないですか。でも、夫婦の関係性の中でそれをやったら、典型的DV野郎みたいな感じになってしまいそうです。

 

今現在、メディアで見かける家事育児に積極的に参加している男性は、時代の先を行くパイオニア精神にあふれ、仕事もバリバリこなせる有能な選ばれし者という感じがします。いわゆるパパブロガーさんも、そんな感じの人が多い印象です。

 

彼らはこう言います。

「家事育児の経験で、仕事も無駄なくこなせるようになりました」

「家庭参加で妻の気持ちがわかるようになり、夫婦関係も良好です」

「家事も育児も全然苦痛じゃないです。こんな楽しいこと、なんでみんなやらないんですか?」

 

しかし、私のような凡人以下の人間にとって、家のことと仕事を両方やりながら、よき夫でもあろうとすることはとてつもなく難しいです。

 

指導教官になって、指示通りに動く部下が欲しい訳じゃない。

命がけの戦場で、安心して背中を任せられる、相棒が欲しいんだ。

「ママがパパを指導してあげて」がミスマッチな理由 - 望月志乃の ひびわれたまご

 

互いに背中合わせで戦っているとき、それぞれは反対方向を向いているはず。今は、私は妻に寄り添っているとは言い難いのかもしれません。でも、なんとか目の前の敵と戦って生き延びて、一息つける場所まで逃げることができたら、そのときもう一回妻と並んで同じ方向を見られたらいいなと思っています。それまでに、見限られなかったら、ですが…

 

※今回は、他のブログ様に言及させていただいたので、今までと違う感じで書きました。