怒られる男の日記

もう少しうまくなってから練習するブログ

罪(ごはん)と罰(おやつ)

先日、家族で公園にいったときの話。

 

昼前に到着し、まず食事をしてから遊ぼうということで持参したおにぎりやおかずを広げて食べ始めた。おしゃべりしながら楽しく食べていたが娘はおにぎりを完食できず、二口分くらい残してしまった。我が家ルールでは(大半のうちがそうだと思うが)、ご飯を残したらおやつは食べられないということにしているので、娘はおやつを食べられない。

 

そうなると、娘が怒り出すのは目に見えているため、娘に「もうちょっとだから食べられない?」と促したが、妻に「食べられないっていってるんだから、しつこいな!」と一喝されてしまった。それでもなるべく穏便に済ませようと思って、全員おやつは我慢しようと提案したのだが、妻は「完食したんだから私は食べるよ」という。案の定というか娘は「ズルい!」とわめき始めた。ごみを捨てに行ってから戻ってもまだ大騒ぎが続いており、妻もぶちぎれて、「そんなに騒ぐんだったらもう帰るよ!明日も公園には来ない!」とカオスな状態になってしまった。こうなると妻もてこでも動かない。正直私は、おやつくらい後で食べさせればいいのになあ…と思っていたが、そんなことを言ったら「あなたばっかりいいこと言って!」と責められること確実なので、流れに任せることにした。

 

その後、泣きながら大あばれする娘を子乗せ自転車に乗せるのを断念し、妻は自転車、私は娘を抱っこして20分歩いて帰った。(後で自分の自転車を回収するために私はもう1往復するはめになった)その過程で娘も落ち着いていたのだが、帰宅後に今度は妻の怒りの矛先が私に向かうことになった。いわく、私(妻)ばっかり考えて、あなたは私の言ったとおりにするだけでズルいと。ちゃんと自分でもどうしたらいいのか考えてほしいということだった。私は内心、意見を言ったら言ったで怒るくせに…と思ったが、もっともな面もあるので、少し考えてみることにした。

 

まず、なぜあんなに大事になってしまうのか?もちろん娘はおやつが食べたいのだ。でもご飯を完食できないということは、おなかがいっぱいだということなので、おやつも食べられないはず。無理に詰め込んで体調を崩してもいけない、というのが親側の道理である。

 

ただ一方、娘がご飯を完食できなかったことは別に悪いことじゃない。親は、小柄な娘になるべくたくさん食べてほしいから、その時点での娘の許容量上限に近いところの分量を用意している。その時のおなかのすき具合であったり、前の食事から間があまり空いていなかったり、便秘気味だったりと様々な理由で食べきれないことも当然ある。しかし娘からしたらそんな道理はわからないので、「おやつが食べられない」ことを「ご飯を完食できなかった」ことのペナルティみたいにとらえてしまっているんじゃないだろうか。

 

だから、おやつが食べられない悲しさに加えて、ご飯を食べられなかったから怒られたという悔しさも重なって、余計に大騒ぎになってしまう。そうなると今度は親の側も、なんでわからないんだ、という思いから、「おなか一杯だから食べさせない」という理由がうやむやになり、「いうことを聞かない娘を叱る」モードに入ってしまい、収拾がつかない事態となる…という流れだった気がする。

 

なので、こうした場合には、「おなかが一杯だからおやつは食べられない」という前提に戻り、「しばらく遊んでおなかがすいたらおやつを食べる」ことにしてやってもいいんじゃないか、と思った次第だ。これを読んだ人は、そんなの当たり前じゃないか!と思うだろうが、うちの場合、妻が食後に飲む薬があって、飲んだらしばらく食べられないので、食事をしてからすぐにおやつを食べないといけないというルールがあったために盲点になっていた。

 

次に同じようなことがあったら、妻は先におやつ食べていいから、娘にはあと食べさせてやろう、と提案するつもりだ。「また自分ばっかりいい顔して!」と怒られて終わりかもしれないが…。