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【読書感想】虚ろな十字架/東野圭吾

東野圭吾さんの「虚ろな十字架」を読んだ。 

虚ろな十字架 (光文社文庫)

虚ろな十字架 (光文社文庫)

 

 

東野さんと言えばミステリ界のキングオブキングス。作品はことごとく映画化、ドラマ化され、賞を取った作品も多い。世の中的にミステリが下火だった80年代ににはコツコツと正当派の謎解き作品を書き、80年代後半の新本格ブーム以降に奇抜な設定のミステリが流行すると、そんなの俺にも書けるよとばかりにトリッキーな傑作をガンガン出すという生き様も含めて、まさに生ける伝説と言える存在だ。

 

私自身、「容疑者Xの献身」「悪意」「片想い」「白夜行」「むかし僕が死んだ家」「パラレルワールドラブストーリー」「白馬山荘殺人事件」など大好きな作品も多い。しかし、最近はやや低調というか、人間ドラマに偏ってミステリ要素が薄く、またドラマ部分についても最後に号泣させて終わりというような投げっぱなし感のある作品が多いと思っていた。しかし、本作は久々に、全盛期東野作品を思わせる、ドラマとミステリのバランスが良くかつレベルの高い内容だった。

 

ペットの葬儀屋を経営する中原道正は、かつて娘を殺され、犯人が死刑を宣告されたのちに妻と離婚したという過去を持ち、終わることのない喪失感をかかえて生きている。ある日、元妻の小夜子が殺害され、犯人が逮捕されたとの知らせを聞く。驚いて久しぶりに元義両親と連絡を取ったところ、道正と別れてからの小夜子が、事件遺族の立場から死刑制度廃止論への反対を訴える本を執筆していたことを知る。道正が生前の小夜子の足跡を追ううち、単なる通り魔的な殺人と思われていた事件の陰に、意外な事実が浮かび上がってくる…。

 

本作は死刑制度をテーマとしているが、制度としての是非などの議論には踏み込んではいない。あくまでも遺族としての立場、犯人の家族としての立場など、立場が変われば全く見え方が異なってくるという人間心理の不思議さを演出するための材料として、殺人者と死刑制度を描いている。社会派作品を求める人には物足りないかもしれないが、エンタメを求める自分にとっては、ありがちな作者の主張などのノイズがないので身構えずに読めてとても良かった。

 

同時に、殺人という罪を様々な角度から描き、読者としては大いに考えさせられたのも確かだ。序盤、道正と小夜子夫妻が娘を殺された事件についての裁判のくだりがあるが、この場面では当然ながら犯人に対して殺しても飽き足らないというほどの憎しみしか感じなかった。しかし、その後の展開で、その価値観がぐるぐると揺らがされ、戸惑う自分がいた。最後にはその価値観の揺らぎにとどめを刺すような、意外かつ納得できる真実が明らかにされる結末も完璧。最後が唐突に終わってしまうことの多い東野作品にはめずらしく、「その後」まできちんと書かれていたのも個人的にはポイントが高かった。

ドラマとミステリがかみ合った、かつての傑作群に並べても遜色のない作品だと思う。久々にレジェンドの本気を見ることができて満足だ。